残日録

学問のすすめ

四月は入学という新しい学問を始める為、若人は悲喜こもごもの時期になります。我々の時代、中学を卒業すると直ぐに就職する生徒が多く居ました。学問の大事さを知りながらも家庭の事情で高校の学費が払えない現実に泣く泣く就職した人も大勢居たのです。
その頃、経済発展と共に中学卒業者は【金の卵】と持て囃されて歓迎されもしました。その中卒者も一生懸命に努力して立派になった友人が沢山居ります。今、高校の学費を貴賤に関係なく無料化して学問の出来る幸せな時代になったと感謝しなければなりません。
福沢諭吉は『天の上に人をつくらず 人の下につくらず』と、人間は生まれながら学問の平等を説き、人生は『自ら学び行動して切り開くものだ』と言っています。又、孔子も『学而第一』と残しています。戦後、日本憲法は14条に【法の下の平等】が明記されました。
戦後の日本経済は成長し偉くなりたい人は有名大学を目指す【学歴社会】となり、会社も大卒者を積極的に採用し様と必死でした。その内、大卒者は当たり前の時代になりました。そして『大卒出を揃えた組織は成長し続けたか』と云えば、必ずしもそうはならなかったのです。何故なのかと暫くの間、組織は気が付きませんでした。そこにはコンピューター発達が人間の知識を超えたのです。
江戸時代、安藤広重(一龍齋)が描いた江戸百景の浮世絵集が有ります。欧州への陶器輸出包み紙に浮世絵が欧州に渡り、モネ、ゴッホ、ゴーギャン達は浮世絵を見て、その遠近法や構図発想に驚きと感動を受けと云います。特にゴッホは広重の画集を集めたそうです。それは欧州に『ジャポニズム』を植え付けました。世の中を変え、新しい進歩をする為には新しい発想が大事です。知識の詰まったコンピューターでは『0から新しい発想』は出来ません。思考や発想は人間の強い思いや感性が生み出すものです。自分も永い人生でいろいろな経験をしました。例えば【冷暖房器】の開発が有りまして、これまでの冷暖房の歴史や欠点を見つけ従来の発想と違う形を考えました。それは試行錯誤を繰り返し製品は拡がりました。が、お客さんからは、『性能は良いが価格が高くては?』と言われました。これは難しい問題でした。その解決には問題を超える発想力や忍耐力が必要という事をつくづく味わったのです。これからの社会は学歴社会ではなく、【発想社会】だと良く認識しなければなりません。
福沢諭吉は『自らを拠り所にする』為に勉強すると、勉強するという事も言っていたのです。有名な学校へ行く為に勉強するのではなく、広い知識を得て自の能力や容量・質を高める努力をしなければなりません。知識を詰め込んでも自己を高める人間力とならなければ学問の意味は無いのです。他人の価値観に流されない自己自立の出来る豊かな学問に主眼を置くべきでしょう。人間の進歩は学問から得た知識を思索と行動に生かす事が大事だと云いたいのです。人間力を高めれば、『友は遠方より訪ねて来ます

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広重の浮世絵

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福沢諭吉の学問のすすめ

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