残日録

合掌の心 

今年は色々とお世話になった義姉の初盆になる為、家族で墓前に手を合せて来ました。これまでも毎年お盆には両親や先祖の想いを供養し祈りを捧げて来ました。茨城では未だに8月13日から15日の旧盆が一般的です。日本はお正月とお盆だけはどんな事が有っても外せない行事でした。1973年、初めて東京へ電車通勤を始めました。その頃のお盆と暮には上野駅構内では帰省者の特別待合所が出来てごった返していました。それから10年後位になると待合所は無くなって行きました。それはお正月やお盆休みの祝日を利用して国内・外の旅行へ出掛ける人が多くなって行ったのです。が、何か良き日本文化が崩れていく様に思ったものです。タモリさんのセリフ、『面倒だからいいじゃない!』という言葉が有ります。【文化】とは、お金と手間が掛かり面倒くさいものなのです。伝統や文化は古い歴史や考えが重なり合いながら捨てる物と今の世に生かせる物を残し続けて行く、【不易流行】の精神が詰まったものなのです。
中学生の頃、隣に住んで居たお爺さんが夕日に向かって【遥拝している姿】が有りました。それには強い印象があり、『どうして?』と聞いた事が有ります。日本は飛鳥時代に仏教を受け入れて精神的主柱を創りました。その後は、神道,仏教,儒教の重なりあった独特の精神文化の国家が出来上がったと思います。戦後、民主主義を取り入れ【個人重視の教育が進み、少しずつ考えは変って来ました。しかし、精神的なベースにあるのは神・仏文化で有り、他国にない日本人独特の寛容さや自然への感謝、思いやりの精神など、利他の心を持っていると思います。これは日本の誇れる精神文化といつも思うのです。
レストランなどで子供が食事前に小さな手を合せて、『戴きます!』の所作を見る時、家庭内の様子や親の考えが想像出来るのです。また昔は、どの家庭でも小さなちゃぶ台を挟んで食事をし、皆で『戴きます!』と、手を合わせる事が当たり前でした。これは料理を作る母親への感謝と食べ物に対する自然への愛を込めた行為でした。料理の前に箸を横に置き、合掌する行為も食べ物と人間の間に【結界】を表す行為だそうです。我々は皆、他の生き物の生命を戴いて生きている訳ですから感謝する気持ちを合掌で表現しています。
欧米では良く『〇〇愛護』とか『ハエは殺してはダメ!』など殺傷は罪だとデモなどまで起こします。が、彼らは食事に肉を喰らい、菜食者は植物の命を戴いて生きながらえている訳です。何を考え殺傷を罪と言うのか、我々には理解出来ません。日本人は合掌を通して物への感謝や自然に対する畏怖の念を自然に教わって来たのです。『生かさせて頂き有り難う』『宜しくお願いします』を込める感謝の行為です。この事は日本を納めた聖徳太子の『和を以て 貴しとなす』と国を纏めたのです。合掌は【和】を表現する行為なのです

いただきます!

僧侶の合掌

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