毎年6月が来ると、思い出すのは1967年か68年の6月1日の事です。奥日光の金精峠から温泉岳, 根名草山[2,329m],手白沢温泉,加仁湯(泊),八丁の湯,女夫淵温泉,川俣温泉を巡った山旅と温泉地巡りでした。この事は、今でも鮮明に覚えているのです。毎年、親会社の創立記念日が6月1日でした。暫くの間、山仲間と登山を続けて居たのです。
その年の2月は大雪が降り日光の山々はいつもより残雪の多い年でした。残雪のある金精峠から、【根名草山】を登り終えて谷へ下ると、雪が辺り一面を覆い標識が見えなくなって居たのです。30分以上も手分けして広い谷底を探しても標識が見辺らないのです。『もしかして!』、との予感が過ぎりました。暫くすると、一人の登山者が別の道を下って来たのです。親切に地図を出して詳しく山道を教えてくれました。本当に地獄で仏の思いで、『助かった!』という安堵と感謝は、今でも忘れられない出来事でした。
無事に難所を乗り越えて【手白沢温泉】に、やっと辿り着き露天風呂に浸った時は皆無口になって居ました。さらに山を下り、今夜の宿、【加仁湯温泉】まで歩き、夕方宿に辿り着く事が出来たのです。宿の主人は川岸の露天風呂傍でランプの【ホヤ】を並べて磨いていたのを強く印象に有ります。早速、夕暮れの川端に降りて露天風呂に浸かり、『根名草山谷』の反省を語り合いました。夕食は山菜の天婦羅と川魚の塩焼きがテーブル一杯に並び、宿の主人も加わり酒を酌み交わして、ほのかなランプの下で山談議に花を咲かせた事が忘れられません。古き良き山のランプの宿でした!
翌日は新緑の鬼怒川源流伝いを八丁の湯,女夫淵温泉、それぞれの露天風呂に浸かりながら川俣温泉に出たのです。
その後、20年位経ってから懐かしさも有り尋ねてみれば、鬼怒川源流を歩いた登山道はスーパー林道となり、バスで加仁湯温泉に行ける様になっていたのです。宿もホテルの様な立派な建物が出来てランプは蛍光灯に代わり、味気ない観光地になっていました。そこには大勢の人、人で溢れ返っているのを遠くで見ながら、昔の温泉風景を想い出して時代の流れを呑み込むのが中々出来なかったのです。
想い出の奥鬼怒の旅



